トップリーグ1stステージ第4節 キヤノン戦レポート
たった1つのプレーが近鉄ライナーズから勝利を奪った。
わずかワン・アクションだった。
1勝2敗、勝ち点6で迎えたトップリーグ第4戦、キヤノンイーグルス戦。17-15と2点リードで迎えた後半25分だった。
自陣22メートル内側まで攻められた。キヤノンのラックからの球出しに、飛び込んだ選手がいた。大槻卓レフェリーの長い笛が響く。「オフサイド」。ライナーズ側の溜息、キヤノン側の拍手が交錯する中、CTB三友良平が正面PGを難なく沈めた。
17-18。
逆転を許す。この3点が勝敗を分けた。加点はなかった。
ただの敗戦ではない。パナソニックワイルドナイツ、クボタスピアーズに続く3敗目は、11月に行われるセカンドステージでの各組上位4チームによるグループAへの参加を困難にさせるものだった
前主将、FB髙忠伸が表情を歪める。
「あのPGが分岐点だった。あれだけ、反則をするな、と後ろから声をかけたのに…。チーム全体として意思統一ができていなかった。あの点差、あの時間帯。本当にもったいない。ディシプリンできなかった」
試合後、同じ意味の言葉を繰り返した。
英語の綴りは「DISCIPLINE」。ラグビーでの意味は規律である。反則をしない。ライナーズはその規律を守れなかった。スタンド中央の上部にあるチーム席からキヤノン・永友洋司監督はピンチに陥る度に「ディシプリン、ディシプリン」とスタンドに反響する大声を張り上げた。前に飛び出すディフェンスシステムを崩さず、個人ではなくチームとして行動しろ、という願いだった。キヤノンの反則12はライナーズの8を上回る。しかし、決定的な違いは、後半25分以降、キヤノンは再逆転の可能性をもたらす自陣でのペナルティーを一切犯さなかった、ということだ。
後半25分だけではない。伏線はあった。
後半12分、SO重光泰昌がPGを入れ、17-12とリードを広げた。その3分後、オフサイドを連発。CTB三友にプレースキックをポスト中央に通された。キヤノンはゴール前で10人モールを挑んできた。反則者はトライを防ごうと必死だった。気持ちは分かる。しかし、結果は3失点。後半25分と合わせて6点を失った。PGはチャージに行けない。キッカーの動的プレッシャーはない。相手ではなく自分との戦いに専念できる。反則者は3点が刻まれる怖さを理解していない、ととられても仕方ない。
前節14日、ライナーズに敗れたコカ・コーラウエストレッドスパークスの向井昭吾ゼネラル・マネジャーは言う。
「たった一つのプレー、一つのジャッジで、その試合だけでなく、チーム自体が死んでしまうこともある」
向井は現役時代、日本代表FBとして15キャップを獲得し、2003年の第5回ワールドカップでは代表監督も経験した。この日は、自チームの試合前、前週対戦したライナーズの戦況を見つめ、そしてつぶやいた。
髙が帝京大学卒業後、2003年から2008年まで6年間在籍した日本IBMビッグブルーはトップリーグ所属時代もあった。しかし、世界的不況の波を受け、会社に積極的強化を打ち切られた。世界に名をとどろかせたコンピューター会社に起こった出来事はつい最近である。チームはリーグの下部組織、トップイーストで存続しているものの、登録部員は20人を少し超える程度。昔の面影はない。
髙は向井の言う「チームの死滅」を体験していた。だからこそ、試合のすう勢を決めるわずか1つの反則にこだわった。向井が言うように、髙が感じるように、一つの約束破りが、怠惰な動きが、勝ち負けにつながり、やがてはチームの存在そのものを脅かす可能性は十分にあるのだ。
向井の髙への評価は最上である。
「プレーには常にひたむきさ、必死さがある。ラインブレイク時には、例え捕まっても必ずボールを出して来る。ターンオーバーを許さない最高のプレーヤー。キックを落とす地点のいやらしさなどを含め、私が今、ジャパンの監督なら迷わず彼を代表に選ぶ」
ライバルチーム首脳が抜群の褒め言葉を贈る男の繰り返しの後悔を、反則者のみならず、チーム全体で受け止めなければならない。
今季3敗目はファンの応援も無にした。
トップリーグ11年目で初めてとなる山口県での開催。山陽新幹線とタクシーを乗り継ぎ、大阪から2時間以上かかる維新百年記念公園陸上競技場には200人近いサポーターが集まった。午後3時の試合開始前から降り始めた雨をものともせず、「WE ARE LINERS」と大合唱を行った。
無念の試合後、「近鉄ライナーズ応援くらぶ」の「旗振りおやじ」こと武広英司は淡々と話した。
「これでセカンドステージで上でやるのはきつくなった。だけど、残りの3試合を消化ゲームにしないで自分たちのやりたい事を再構築して頑張ってほしい。ここで諦めないで、いい経験にして後ろにつなげていってほしい」
山口県宇部市出身の武広は初の地元開催に対し、自腹を切ってチケット80枚を購入し、親戚や友人などに配り、声援を送った。2012年3月のトップリーグ表彰では代表者として特別賞を受けている。敗北に関係なく、今でも「ライナーズ愛」を持ち続けている。
武広を含めたファンは彼らの貴重な時間を費やしている。
ライナーズのチームスタッフの一人は、最寄りの新山口駅で、土地の銘菓を購入した。
「日頃、お世話になっている飲食店へのお土産にする」
その気持ちを選手たち全員が胸に秘めなければならない。プロ野球、阪神タイガース、Jリーグ、浦和レッズと同じくらい熱狂的で、それでいて、敗戦への非難を決して当事者にぶつけない人々の存在があるのだ。
戦術的には181センチ、96キロのSOアイザイア・トエアバを完全に封じ込めなかった。ニュージーランド代表キャップ36のキウイはキヤノンがスコアした全2トライどちらにも絡んだ。
前半17分、LO松岡勇とCTB森田尚希の間のわずかなギャップをついてスピードで裏に抜け、FB橋野皓介にパスを出した。同32分には手首だけを使うハンズでボールをつなげ、最後はHO山本貢がインゴール左隅に飛び込んだ。穴を見つける目、ランニング、パス。ライナーズは1人にやられた。
「ライナーズが強いチームというのは知っていた。勝ててうれしい」
トエアバは以前手術した臀部を傷め、前半で退場した。それでも足を引きずることなく、笑顔でスタジアムを後にした。
前田隆介監督は唇をかむ。
「トエアバに関してはトイメンに立った人間がしっかりマークすること。さらに左右の人間がチェックをして素早くカバーに寄れ、と指示を出していたが…」
抜かれたのはセットプレーではない。フェイズを重ねられた、乱戦の中ではあった。それでも2トライすべてがトエアバを起点にして生まれた事実は反省すべき点である。
この日戦った両チームの歴史は対照的だった。キヤノンの創部は1980年、ライナーズは1929年。51年の開きがある。キヤノンのチーム強化は2010年からだ。トップリーグで戦ったのは昨年度のみ。かたやライナーズは今年、創部85年目である。その間、優勝は日本選手権3回、全国社会人大会8回を数える。もちろん、歴史の長さだけで強弱を論ずるのはナンセンスだ。キヤノンはトエアバに代表されるようにレベルアップに躍起になっている。
ただ、選手たちには重ねた歳月の重みを考えてほしい。85年という長さは作ろうと思っても、費用をいくらかけても、できるものではない。今、所属するのは、ぽっと出の、弱小チームではない。日本ラグビーをリードした歴史を持つチームなのだ。常にエンジと紺のジャージーをまとう誇りと先人に対するリスペクトを内包してグラウンドに入ってほしい。帰属するチームは素晴らしいのだ。
プールBのトップ4に入るパーセンテージは極めて低くなった。それでもまだ3試合が残る。
10月5日、リコーブラックラムズ
19日、ヤマハ発動機ジュビロ
27日、東芝ブレイブルーパス
次戦のリコー、ヤマハは今季初の近鉄花園ラグビー場。2試合を戦った長居ではない。今季5試合目でホームに初登場する。他チームと違い、唯一自前の日本を代表するラグビー場を持つよろこびを再認識できる。現在、プール1、2位にいる東芝とヤマハにアップセットを起こせば、わずかながら希望はつながる。もちろん大前提は次のリコーに勝つことだ。
次戦のリコーは1953年創部。ライナーズと同じ古豪だ。優勝は日本選手権2回、全国社会人大会3回。定期戦を兼ねた、同じような歴史をたどるチームとの一戦を、かすかな可能性を高めるきっかけにしたい。今や日本代表の顔となりつつあるFLマイケル・ブロードハーストを軸としたFWサイドのケアは重点項目である。
ホームである。
熱狂的なファンの声援がある。
舞台設定は整った。
あとは奇跡を信じて、やるだけだ。
(文:スポーツライター 鎮 勝也)
(写真:加守 理祐)
【前田監督コメント】
遠い所まで応援に来ていただき、ありがとうございました。
皆様の熱いご声援に勝利で応える事ができず、残念でなりません。
次節は、ホーム花園での開幕戦です。
何としても、気迫あるプレーで勝利をもぎ取りたいと思っております。
引き続き、皆様のご声援、何卒宜しくお願い申し上げます。